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歴史とスポーツ

2018.02.13    ギリシア人とオリンピック

ライター
シェフ 阿川
シェフ 阿川

スポーツの楽しさをお伝えするATHLEADブログ。

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは、シェフの阿川です。

 

 

 

 

 

平昌オリンピックの前に、色々な政治的ゴタゴタがあり、少し醒めた目で今回のオリンピックを迎える事になりました。

 

 

 

 

 

オリンピック憲章を無視した行為がチラホラと見える最近の大会ですが、「広告、デモンストレーション、プロパガンダ」の禁止というものが破られるのは危険な兆候に感じてしまいます。

 

 

 

 

 

古代オリンピックに目を向けると、どの様な違いがあったのか興味があり、少し調べてみました。

 

 

 

 

 

4年毎の開催は同じでも開催地は必ずオリンピアの地。

 

 

 

 

 

ギリシアは各都市国家、ポリスが乱立していて統一したギリシアと言う国の概念は存在していませんでした。
そして、常に何処かでお互い戦争を行なっている。

 

 

 

 

 

ここで言うギリシア人と言うのは、ギリシア語を話し、ギリシアの神々を信仰する人々です。

 

 

 

 

 

ギリシア神話で有名な神々も人間同様に争いばかり起こしますが、神話の世界では木馬をつかってケリをつけられます。

 

 

 

 

 

ですが、毎年のように夏になれば戦争ばかりやるのも非人間的です。

 

 

 

 

 

ならば休戦すればよいのですが、人間同士が結ぶ休戦などは直ぐに破るのがギリシア人。

 

 

 

 

 

そこでたどり着いたのが、オリンピアで開催する競技会。
ギリシア人が何よりも好む体技を競うのだから、その間に限っての休戦ならば破られないであろう、と。

 

 

 

 

 

オリンピアの地に建てた神殿で、ゼウスの像を前にして選手達が「正々堂々と闘う事を誓います」と宣誓するのにも理由は充分にあったのです。

 

 

 

 

 

神々の調停役でもあるゼウスに向って誓い、その後は大好きな競技に全力を注ぐ。

 

 

 

 

 

4年に1度であって、僅か1カ月間の休戦であった。
それでも、戦争に敗れた国の参加は認めないとか、どこの国のやり方が気に食わないからボイコットするとかは絶対にしなかったのです。

 

 

 

 

 

現代に例えると、モータースポーツでのセフティーカーが入って来た以上は追い越しも何も不可、と言う感じで昨日までの戦場での対決も1ヶ月だけは凍結されるのです。

 

 

 

 

 

ギリシア人にはオリンピックが必要であった。
でなければ、ああも長い歳月にわたって彼らには珍しい律儀さで続けた筈はない。
ゼウスに誓ったという建前も充分な後押しになったのでしょう。

 

 

 

 

 

オリンピックは戦いばかりしていた古代ギリシア人から生まれた、人間性に深く基づいた知恵であったのです。

 

 

 

 

 

現代オリンピックに近づいたのは、ローマ人によるパクス・ロマーナの時代ではないかと。

 

 

 

 

 

平和な世界になったのだからセフティーカーは必要無くなったので、純粋に競技を競う大会に。
しかも地中海世界全てからの参加なので、民族も言語も多種多様な大会に。

 

 

 

 

 

現代でも、このギリシア人の知恵を必要と感じるくらいだから人間自体は何も進歩していないのではないか、と思ってしまいます。

 

 

 

 

 

さすがに古代復興とまでは言わないですが、もっと過去の偉人達の言葉に焦点を当てるべき時が来たのではないか、と思うこの頃です。

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